私は東京ッ子

わたしは江戸ッ子ではない。きっすいの江戸ッ子で、などと紹介されるとゾッとする。しかし東京人でもない。東京の下町生まれの、下町育ちの東京ッ子である。東京に住んでいるというだけの’無責任な都民は、机令を払っていても、東京人であって、東京ッ子ではない。

東京ッ子と東京人との違いは、一つは「ガ行鼻音」の発音にある。ことばのなか、または終わりのガ行が軽く鼻にかかって、まるくやわらかく発背される。そればかりでなく、われわれ東京ッ子が普通ガ行鼻音にする発音を、ガ行濁音でいわれるとひどくいやな感じがするのである。その感じのあるなしが東京ッ子と東京人の速いである。ただしわたしはガ行鼻音を標準語として採用せよとまでいっているのではない。
東京ッ子のガ行問江口の使いわけはなかなか微妙である。語中語尾なら、なんでもガ行鼻音跡背にする、というわけでもない。
お銀さま、お玄関などの、ギ、ゲは、ちゃんと濁音である。旅がらすのガは鼻音だが、窓ガラスは測点目である。ガラスという外来語の意識を捨ててはいないわけである。
白石大二さんの『解説標準一論併典』の「窓ガラス」の項の引用になって恐縮だが、「外国部学校」の発音などは、濁音と鼻音とを、この一語のなかで言いわけている。「衆議院議員」などもそうである。
外国語学校の、語は鼻音だが、学校のガは濁音。
衆議院議員の、上の議は鼻音だが、下の議は濁音。
もっと微妙な言いわけになると、数字の「五」の場合などがそうである。
十五日。十五人。十五枚。
これはちゃんと濁音であって、語中だが鼻音にはならない。ところが同じ十五の五でも、つぎの例はちゃんと鼻音になる。
十五夜お月さん。
十で神童。十五で才子。
十十五(トオジュウゴという遊び〉
そして、この微妙な言いわけが自然にできるのが東京ッ子である。一代前の東京ッ子の発音を耳で聞いていて自然に覚えたからである。字で、目からことばを覚えたのではなく、耳で聞いて党えたから、その区別が自然にできるのだ。ただそれだけのことである。
しかし都電の車栄が「つぎは水天符」と符の発音を、グウの背も山ないのグウと同じに発育しても、いやだなとは忠りても、改めさせようとはもう思わない。こう東京人が充満しては、もういたし方ないからである。だが背訓表などに絶対反対、即時廃止などと労ましいことをいう文芸家諸君が、こういうことに無関心なのは、いくら文芸家が話しことばには用はないからといハても、いささかものたりないのである。

十二月一.十一日はわたしの誕生日なので、東京ッ子のほこりをちょっと披成してみたのである。(三七・一二・一二)

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