まつたけ

この二、三年、ついぞことしはまつたけがいいという秋を迎えたことがない。ことしもやはりまつたけはだめであった。
かおりまつたけ、味しめじ
という。たしかに味そのものからいったら、まつたけよりも、しめじに軍配をあげる人が多いだろう。しかし、ものの味というものにはいろいろな要素があって、人の味覚を刺激するのにかおりは大事な要素の一つだから、そういちがいにしめじのほうがうまいと断定はくだせそうもない。
ことに都会育ちのわたしなどに季節感を敏感に催させる点では、まつたけのほうがはるかに上で、夕方ややうすら寒さを肌に覚えるようになったころ、吸いもののふたをとった瞬間に、プーンとまつたけのかおりが鼻を刺激したときぐらい「秋」を感じることはない。

秋という季節の到来会実感したときほど、生命の充実といったことを感じさせられることはなしのどが、その点ではまつたけのかおりは生きるよろこびをさえ感じさせるのだ、といっては、人は大げさだといって笑うであろうか。

関東はもともとまつたけには恵まれていない。わたしのうちなどでも、まつたけは関西の知りびとのだれかれが送り周けてくれるのをば、あさましいことだがあてにして心待ちにしている、といったぐあいだ。しかしことしのように不作だと、送ってくれる親切が先方の前向になっているのではないか、というような想像もされて、送ってもらっても、こちらがいい気になっていられない気がする。双方で気が重くなるのでは、季節の贈答も考えものだと思う。
まつたけをまるのままでなく、さいて、いわば「けずりぶし」にしたようにして小さい袋に入れて光っている。「けずりまつたけ」というらしい。それでも吸いものなどに入れれば、けつこう食膳の季節のいろどりになるらしい。しかしこうなっては薬草のようなもので、それならいっそ思いきって、いまどきはやりの、あのかおりだけを保有している化学的な調味料にでもしてしまったほうが気がきいているかもしれぬ。いまの日本人の知恵でなら、そんなことぐらいできない相談ではないだろう。
だが、そこまでいってしまっては、もはやまつたけのかおりが季節の感覚を刺激することはなくなってしまうだろうし、まして生きるよろこびを覚えさせるなどということは、まったく無縁になってしまうだろう。まつたけのかおりの刺激に日本人の記憶が盛られているうちに、まつたけの忠作の秋を迎えたいものだ。高くて一般には手が出ないようなまつたけ、手にはいっても冷凍のもののような味けないまつたけでないまつたけを、ふんだんに食べたいものである。 (三七・一一・二四)

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