うそをついた話

坪内逍遙博士の児童劇の公演を見に行った。博士の『逍遙選集』の付録でみると、大正十一年十一月二十五日土眼目のことである。

その日は朝からうれしくて、わたしはうきうきしていた。そして学校に行って同級生の女の子をつかまえて、ぼくは有楽座の児童劇に出るんだぞ、といった。 この有楽座は、いまの丸の内のピカデリーのあたりにあった劇場で、わたしたちの小学校とは、数寄屋橋の外堀をヘだてて、筋かいのところにあった。
劇場の舞台に立つのだから、ちょっとしたニュースであり、わたしは女の子たちのせん望の的となった。そして、そのなかのひとりが、いち早く受け持ちの先生にいってしまった。もう取り返しがつかない。
先生はふうんといったきりであった。叔父が坪内先生の弟子であったから、そんなこともありそうだと先生は思ったのだろう。
有楽座ヘ行って、幕開に廊下で坪内博士に会った。うちでは叔父の関係で博士のことは先生々々といって、親しい身内のようなつもりでいたので、父や母やみんなが博士を取り囲んで、第一回の公演におめでとうをいったりした。
博士はなにやらむずかしい話をしておられたが、いきなりわたしをつかまえて、頭をなでながら
――わたしの芝居は、ほんとうはこういう人たちにやってもらいたいのです。といわれた。そしてまたあとは、こんどの初演が、俳優が専門の、おとなたちであることへの不満をもらされていたらしい。わたしの想像だが、そういうお話の内容であったように感じた。
博士に頭をなでられて、しかもこういう人たちにやってもらレたかったと聞いて、わたしは午前中に自分が出るとうそをついたことの界が、許されたように感じた。少なくとも、こども心にもとがめていたことが戦くなった気がしたのである。
忘れもしない、その現々日のは附日のことである。
宿題の点検に、ひとりひとりノ!トを見ながら教京を削ってこられた先生は、児童劇の中のム日制をいっている。それは上山関された『おろち退治』のなかの文句で、すさのをに酒を飲まされたやまたのおろちが、よっぱらつて「イモ虫ゴロゴロ」のようなふりで

酔うたぞ、酔うた。酒に酔うた。
おつむはふうらふら、
あんよはひょろひょろ、

という。その文句を、先生がいっている。わたしはびっくりして先生にいった。

――先生、行ったんですか。
そうしたら先生は
――お前、でやしないじゃないか。

といって、すぐまた「おつむはふうらふら」といいながら、つぎヘ行ってしまった。先生はわたしが出ると聞いて、有楽賂ヘ行ったらしかった。
思い出すと、いまでも顔があかくなるような話である。 (三七・一二・一五〉

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