とら歳雑感

とら歳といっても、わたしのとらは大正一二年の五黄のとらだから、非常にじひの心に富んでいるとらだそうである。どうもそのせいか、わたしは相手の立場に立ってものを考えすぎるので、交渉ごとには向かないようだ。しかし、たとえ川仰をしても、自分だけ損をすれば、まるくおさまるものなら、それでいいではないか、といった性質がたしかにある。
それが、五黄のとらのせいだとすれば、とらは何も気が強いばかりではなさそうだ。
わたしのような、大正三年生まれのとら歳の者は、昭和三十七年の運勢の象徴は、トトカルチョだと、このごろの易、うらないの本はずいぶん新しいことをとり入れて説明してしる。ある時は、一か八か、サイコロを投げるような決断にせまられる時がある、というのだ。自分で自分の一年を予測してみても、なるほど、そんな絶対絶命に追いこまれる時がありそうにも思われる。

こんな運勢だとか、年のうらないだとか、バカバカしいことだと思うのだが、やはり、世間はまだこだわる人が多いと見えて、年が変わっても節分前はまだ旧年だというわけで、松の内の結婚式が、わたしの身の廻りにもずい分多い。”とらは千里行って千里帰る”というから、その「帰る」という性質を、結婚では嫌って、とらの歳の結婚をさけようとするのだという。
戦争中はその為に、とら歳が大もてで、千里行って千里帰るがゆえに、千人針も余計にぬわされた。やはり、口に出しては言わなくても、誰しも生きて帰ることを願いもし、祈りもしたのであって、本心からは誰も、死んで帰れなどとは思ってはいなかった証拠だ。死んで帰れとはげましたのは、夢の中に出て来た父親で、現実には誰しも、とらにあやかって必ず帰ってくるようにと、願い願われたのだ。
しかし戦争はそんなことにはおかまいなしに、とら歳の者の祈りをこめた千人針の腹帯をしめたまま死んだ者や、わたしの友人の、同年のとら歳の者だって、ずい分戦死してしまった。偶然生まれたら、その年がとら歳だったというだけのことで、生まれ年や生まれ月にさほどの神秘があろうとは思われない。とら年だからといって、なにもあわてて節分前に結婚式をあげなくたって、よかりそうなものだと思う。
生まれ年の十二支を、うんぬんすることも、少しはすたるかと思ったが、こればっかりはあんまり減らない。とすれば同じ十二支の中でもとらなどはあいきょうがあっていい。ねずみや、いぬや、うしや、さるは、あんまり身近すぎるし、かと言ってたつなどは、伝説的にとび離れすぎる。やはりとらとなると親しさと怖しさ、現実性と物語的な面とが、よく均衡を保っている。こんなことをいうのも、やはり身びいきの言であろうか。(三七・一・六〉

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