寄席衰亡

就職試験の時期になると、珍答申朱が話題にのぼるが「真打ち」という語の意味を問うた答えに「ホームラン」というのがあったと聞いた。思わず笑ってしまったが、これは文字どおり「おもしろうて、やがて悲しき」話である。
大学を出ようとしている者が「真打ち」という語を知らない、ということになると、世聞のおとなたちは、えたりやおうと、今どきの大学生の無知と大学教育の貧困とを、あげつらう種にしそうだが、しかし案外それはおとなたちの、ひとりよがりかもしれない。
「真打ち」などという、寄席に根ざしを有する語などは、当然だれでも知っていると思っている方が、安易なのだといえるかもしれない。つまり、おとなたちの方が、その常識の当然の断絶に、反省の目を向けるべきなのかもしれない。それほど寄席は、大衆の生活と隔絶してしまったのだ。
寄席の衰亡は現前の事実である。しかしその原因の最たるものは、寄席自身が負うべきものではなく、映画までも斜陽族たらしめようとしている、ラジオ・テレビの普及という、運命的なものだともいえるだろう。
家の中にじっとしていても、硬軟とりまぜての贈り物を「宅送」数いで届けてくれる。しかもその種類は、寄席の売り物とは比較にならないほど多い。しかもそれを自巾に選択できる。そのうえ、前座の芸にお付き合いする必要もない。真打ち級だけを、うちにいて、自由に選び出せるとなれば、何もわざわざ寄席ヘ出かけて行くものはないのである。
そのラジオやテレビは、しかし振り返ってみると、ずいぶんはなしを悪くしている。第一は、窮屈な制限時間のワクの中に、はなしを押しこめさせたことだ。時聞をキッチリさせたことは、はなしの運びを単調にし、きめを荒くし、要するにつまらなくしてしまった。芸能人が腕時計をしているのはいやなものだが、放送の録音時聞が迫ってきたのか、高座で腕時計を見るはなし家.くらい、味気ないものはない。はなし家のはなしぐらいは、時間のワクをはずさなくてはどうにもならない。寄席にまで、ラジオ向きにワクのはめられたはなしを持ちこむことはないのである。
第二に、これは尊敬する先輩の説であるが業放送の開始以来、みいりがよくなったために、はなし家のはなしの「枕(まくら)」がつまらなくなってしまった、というのである。ふところぐあいがよくなって、はなし家がみんな自宅をかまえ、ふろ場をつくった。そのために銭湯に行かなくなってしまった。それ沿はなしの「枕」をつまらなくした原因だというのである。
多少、風が吹いて桶屋がもうかる式の話であり、また、はなしの枕をおもしろくするために、いつまでも裏長屋の貧之暮らしをしろ、というわけにはいかないが、しかし、この説、必ずしも奇抜すぎるともいわれない。
はなしの枕は、はなし家の自由区域であって、はなし家は敏感にニュースをとり上げ、大いに野党精神を発揮して、大衆に代わってそのウップンを晴らしたのだ。そしてその大衆の感覚は、つまりは銭湯で、それこそ文字どおり、はだかのハダで感じとってきたのだ。それが臼宅の湯につかつて大衆と隔絶し、自宅と高座とスタジオとの間宮、自動車で走り回っていたのでは、たしかに大衆の感覚には疎遠になってしまうだろう。
だが、まだもう一つある。それは、はなし家が大衆の生活感情を、実感しなくなってゆく一方、ばかに「芸術家」づいてしまったという点だ。あるいは、一部の先生方が「芸術家」づかしてしまったのだ、ともいえよう。
大衆は、おもしろいとレつては笑い、悲しいといっては泣く。それが大衆の求めるところである。それを批評家先生が出てきて、おせっかいを始めた。なんじ大衆よ、この性格描写のたくみさに嘆息せよ、これこそ江戸芸術の粋である、などというものだから、大衆は、自由に笑えなくなってしまった。

要するに「お笑い」なのである。それをご大層な芸術にまつり上げてしまったから、真
打ちともなれば、はなし家でも、はかまをつけて高座に出て/付かねばならなくなった。もっとも、威儀を正さなくては、おかみの芸術祭などには、おそれ多くて参加できないと思っているかもしれぬ。
寄席が、もし今日以後に生きるとしたら、それは、たとえばはなし家は、落語はたかが落語なんだ、という境地に徹したときだ。寄席メ人は寄席芸人なのだ。だからこそ、大衆の支持を受け、大衆がだれに遠慮もなく、笑い、泣くことのでぎる気やすさが生まれるのだ。芸術祭参加の看板をありがたがるところに、生き生きとした、雑草のように根強い、大衆相手の芸能などはありえない。
寄席が、美術の殿堂でない以上、そしてそれゆえにこそ大衆の支持を受けるはずである以上は、こんなことをひらき直っていろ必要もあるかもしれない。(三七・九)

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