とんぼはどこへ

先月高知ヘ行って、竜河洞に案内された。強烈な洞内の印象にややぼう然として、旅館の二階で少し休んでいたら、てすりに、トンボが一匹やって来てとまった。クルクルとまわしている大きな目玉を見ている中に、私は、ハッとした。今年の夏、私がトンボをみたのは、これが初めてだということに気が付いたからだ。
私のすまいは東京の多摩川べりで、庭には少し木もあるので、春先は鶑が来てよく鳴いているし、にくにくしいが尾長も群れをなして来て、ギャアギャア鳴いているようなところだ。それなのに、今年は一つもトンボを見なかった。そのことに、高知まで行って、行った先でみた一匹のトンボから思いあたったのだ。東京のトンボは何処ヘ行ってしまったのだろう。
トンボのようにありふれたものなどは見かけなくなっても、いなくなったということに、つい気が付かないでいるほど、私の注意は散漫なのだが、そんなうっかり者のことだから、あるいはもっとほかにも、私の注意にのぼらずに消えて行ってしまっているものがあるかも知れない。

ふと思う。故盟にいて日ごと聞きし 雀の戸を、三年聞かざり

都会のあくぜくとした生活の中に没入していた石川啄木も、雀の声を聞かない、ということを三年目にふと気付いている。
それにしても、実際にトンボは少なくなってしまったのだろうか。
私のうちあたりでは、消滅してもらいたい蚊やハエは一向にヘらない。くもも依然として大小さまざまな巣をかけ、ありも少しもへっている様子を見せない。鮒の中で、ミンミン蝦と、カナカナと鳴くひぐらしの声が、へったといえばへったかなと思う如何度で、これを書いている八月二十一日の朝も、窓の近くでオーシイツクックが、つくづく惜しいと、残り少ない夏休みを、私たちの代わりに嘆いている。トンボだけが、どうして急にこうもいなくなってしまったのだろう。
私などの常識で気付くことは、農薬の影響ということだ。水に卵をうみ、幼虫が水中で育つトンボにとって、たんぼの水が農薬でよごれている昨今は、育ちょうがなくなってしまったのかも知れない。原水爆によって人類が根絶やしになることを心配している中に、一方で人聞は、農薬でトンボを根絶やしにしてしまったのだろうか。
虫の中では私はトンボがわりあいに好きである。どこかヒョウキンで、あの日をグルグルまわすとこんJがかわいらしい。そして、一応あたりの警戒がすむとピンとはった羽をヘの字にぐっと先の方をさげて、いかにも安心して休息している。
そんなトンボが、気が付いてみたら日本にいなくなっていた、というのでは、なんだかすまないような気がする。(三六・九)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

2019年12月
« 3月    
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

ピックアップ記事

  1. 2014/3/13

    ノミの歌
    満州のハエもひどかった。A型パラチフスが連隊じゅうにまんえんして、われわれは使所のガラス窓に紙をはっ…
  2. 2014/3/13

    大陸の水
    今年、関東は異常な潟水に見舞われた。 夏の前は貯水池の水が文字どおり底をついて東京は断水に苦しめら…
  3. 先月高知ヘ行って、竜河洞に案内された。強烈な洞内の印象にややぼう然として、旅館の二階で少し休んでいた…

ピックアップ記事

  1. あの頃の銀座

    私は銀座生まれの銀座育ちだから、大正中期から記憶がはじまって、昭和十六年、応召するまでの銀座を知って…
  2. 旅のふしぎ

    旅というものには、ふしぎな行き会いがあるものである。 鹿児島県の指宿をたって霧島温泉に行き、宮崎に…
  3. まつたけ

    この二、三年、ついぞことしはまつたけがいいという秋を迎えたことがない。ことしもやはりまつたけはだめで…
  4. あとがき

    文章を書けという注文で、たった三枚ですから、と一言われるのはつらいことだ。題材という点から言えば、三…
  5. 心ないしうち

    わたしのような、東京下町の商家の生まれの者は、しわくちゃなお札を商人からおつりとして渡されると、商人…
  6. なめている懸賞

    落語にでて来る間抜けな男が、人のまねをして「なぞ」を言いかける。そのなぞが間放けきわまりないもので、…
ページ上部へ戻る