たい・だい・おお

この字はなんと読みますか、といって「大」という字を示したら、だれだって、ひとをばかにするな、というだろう。しかし、ほんとうにそうだろうか。
さらに、もし外人留学生などに、どうしてそう読んで、こうは説まないのかと聞かれた場合、実はだれも的硲には答えられないような例が、意外に多いのである。つまり「大」という字には、タイ(清音〉ダイ〈濁音〉オオと三とおりの読み方があって、われわれは無意識に自然に使いわけてきているが、一部ではタイとダイとの混乱がはじまり、また「慣用」という以外には説明のできない使いわけがあったりする。

朝顔の大輪

という。これはタイリンかダイリンか。いま、その混用がおこっている。「大輪咲き」というときには、ほとんどだれもがタイと清音にいっているから、術語的な意味では「大輪」はタイリンなのだろうが、俗語的ないい方で、とくに大きいという感じを出そうとすると、ダイリンといいたくなるものらしい。
タイとダイとの別は、一般にはタイは漢音で普から宮廷用語など正式なものに多く、ダイは呉音で仏教用語などを通じて身近なことばになっていた、といわれている。
大衆などは今日ではタイシュウだが、仏教用語ではダイシュである。さらに「大将」などは平安朝以来ダイショウで、明治以後の日本の軍隊でも海軍ではダイと濁音にいい、それにたいして陸軍ではタイと清音にいっていた。
一方、俗語的な気分の濃厚なことばでも、無芸大食の大はタイであり、大金、大家これはタイカで、貸家の持ち主の「おおや」の方は「大屋」だろう。会など、タイである。
大金はタイキンだが、大金持ちとなるとオオとなる。金持ちというのは漢音の諮でないから、当然タイでもダイでもないのだろうという説明ができそうだが、大地震、大火事となるとジシンもカジも漢語なのに、という反論が出そうである。もっとも地震や火事は成りふはちは以円であって訓ではなくても、諮がごく身近で大和ことばとほとんど同じだから大夙、大番頭、大泥棒、大げさと一類でオオというのだという説明も成り立つ。
しかし、また一方には「大好き」がある。「大好物」はダイでも理くつが通るが「好き」という大和ことばにも、ダイがついている。「大それた」などもダイである。そして「大事」はダイで「大切」はタイといいわけている。
われわれは字が読めるのにすぎない。つまり「大好き」「大切」「大げさ」のタイ・ダイ・オオのいいわけは、大という字を読んでいるのではないのである。
文部省の白石大ごさんが最近出版した「解説楳準語辞典」(朝食書店刊)はそういう問題を考えさせるのに、いい本である。(三七・一二・一六〉

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

2020年7月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

ピックアップ記事

  1. 2014/3/13

    ノミの歌
    満州のハエもひどかった。A型パラチフスが連隊じゅうにまんえんして、われわれは使所のガラス窓に紙をはっ…
  2. 2014/3/13

    大陸の水
    今年、関東は異常な潟水に見舞われた。 夏の前は貯水池の水が文字どおり底をついて東京は断水に苦しめら…
  3. 先月高知ヘ行って、竜河洞に案内された。強烈な洞内の印象にややぼう然として、旅館の二階で少し休んでいた…

ピックアップ記事

  1. うそをついた話

    坪内逍遙博士の児童劇の公演を見に行った。博士の『逍遙選集』の付録でみると、大正十一年十一月二十五日土…
  2. ノミの歌

    満州のハエもひどかった。A型パラチフスが連隊じゅうにまんえんして、われわれは使所のガラス窓に紙をはっ…
  3. 八代湾のほとり

    天草をひき上げて、一旦熊本に行き、さらに南にくだって、今度は逆に、九州の西海岸を鹿児島県の阿久根から…
  4. 私は東京ッ子

    わたしは江戸ッ子ではない。きっすいの江戸ッ子で、などと紹介されるとゾッとする。しかし東京人でもない。…
  5. あとがき

    文章を書けという注文で、たった三枚ですから、と一言われるのはつらいことだ。題材という点から言えば、三…
  6. まつたけ

    この二、三年、ついぞことしはまつたけがいいという秋を迎えたことがない。ことしもやはりまつたけはだめで…
ページ上部へ戻る