芸者のはおり

九州長崎の丸山に、なかなか口の達者な女性がいた。会話の中に英語などをいれたりするので、

――ガクがあるね。

といったら、とたんに、
――どうせモンなしょ。
といいかえした。なるほどたしかに乍としっただけでは、問がたりない。「なにが文なしなものか。しい小中刷物を活てるじゃないか」といったら

――文なしじゃないの。紋がないのよ。

とすぐさま口返答をした。
そういえば以前「芸者の羽織でもんなし」というしゃれを聞いたことがある。芸者は羽織に紋をつけなかったのだそうで、それで紋なしに文なしをひっかけたというわけであろう。

そうしうことわざの類は、だんだんに消えていくようた。ことばの遊びは楽しいものだが、右をみても左をみてもドギツイ闘争用のスローカンばかりで、このごろの人々は、こ
れでもかこれでもかと、激越な口ぶりで、われとわが身を励ましているらしい。もっとも労使団交の場などで、うっかりことわざなどを援用したら、ぶじょくをしたといきりたたれるかもしれない。
取りえがない、とただいわずに「焼けた稲荷(いなり〉でとりえがない」という。いとえとの発点目の不正確が利用されているが「お前にはなんのとりえもない」とズパリというよりも、ずっとやわらかくてあたりがいい。

からかさ屋の小僧で、骨を折って叱られる。
植木屋の大風で、きがもめる。
こじぎのシャッポで、やぶれかぶれ。
少しきたないのになると、
便所の火事で、やけくそ。
泉水の小便で、いけシャアシャア。

こういう言い方と似ていて、少し違うかたちの文句もある。このほうが口拍子にのっていて、円をついて出てくる。
だんだんよくなる、法華(ほっけ〉の太鼓。
ありがた山の、ほととます。
おおあり(大有り、尾張〉名古屋の、金のしゃち。
うそを築地の、本願寺。
おそれ入谷の、鬼子母神。

ふいに記憶がよみがえって、忘れていたのを思い出すこともあるが、こまめに書きとめておかないとすぐに忘れてしまう。そうしてしだいに消えていってしまうのだろう。
花柳界というところには、そういうことばが口をついて出る中年以上の女性がときどきいるものだが、そういう人にめぐり会うまでかよレ、さてめぐり会っても自然に口から出てくるのを待たなければならないとすれば、こういうことばの採集が、もとでが入用で、とてもできそうもない。いくら文部省でも大学でも、こういう採集に援助はしてくれないだろう。こちらも要求のしようがない。社用で出入りする人々の力をかりたいものである。
だろう。(三七・一二・一九)

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