旅のふしぎ

旅というものには、ふしぎな行き会いがあるものである。
鹿児島県の指宿をたって霧島温泉に行き、宮崎に出、青烏に遊び、瀬戸神宮まで行った前後四日ほどのあいだ、わたしは東京の人らしい三人づれと、あとになり先になり会っては別れ、別れては会った。
指宿に早く着いて、パスで山川港のほうを一周してきて、宿屋にはいったとき、その三人づれの男女が、いま着いたというようすで宿屋の玄関にいた。
翌日、霧島温泉に行こうと駅におり立つと、二等車からやはり降りてきた。わたしは三等だったから車中では会わなかったが、翌日、青島に行って島の裏側のほうに回って行ったら、またそこで三人に会った。同じようなスケジュールで歩いているのだな、とは思ったが、もちろん、こちらからは話しかけもせず、先方はわたしと違ってひとり旅ではなかったから、たびたび会うわたしをさして気にとめているようでもなかった。わたしは青島に泊りたくなって海岸の宿屋に荷物を置き、おそいパスで鵜戸神宮まで行った。そして、帰りのパスを待っていると、ほこりをあげて走ってきた自動車から三人が降りてきて、神宮のほうにおりて行った。
中老の男の人と、若い男と、より若い女との三人づれであったが、わたしははじめから、その三人は父と兄妹の三人だときめていた。
ところがどういう頭の回転からか、わたしはその若い女の人が、わたしにとって当時ごく親しかったSという友人の恋人ではないか、と思いはじめた。Sとは幼稚園から小学校、中学校、大学といっしょで、三日にあげず会っていたのだが、そのころSは会うたびに、ある女性の話ばかりした。数年前、千葉の海水浴場で知り合った人で、日本橋のほうの大きな間屋の娘だという。二人のあいだは相当進んでいたが、そこからいっこうに進展しない、という状態であることを、わたしはその九州旅行に立つ前の日にもSの口から聞いていた。しかし、わたしはその人に会ったこともなく、写真も見たこともなかった。ただSがあまり聞かせるので、いつの間にか、わたしの頭の中に、あるイメージができていて、それと目前に出没する女性の実像とが、ぴたりと一致した、というわけだったのだろうか。
そして、何の似拠もない、このわたしの想像が、ぴたりと当たっていた。東京に帰って、Sに言ったら、翌日Sは多少興奮して電話をかけてきて、きみの想像どおりだよ。おやじと兄貴と九州に行って、きみとは知らずに、似たようなスケジュールのKOボーイを覚えていたよ、と言った。

Sはこの女性のことを「沙代との間」という、フランスふうの小説に書いたが、小説はそれを一つだけ発表したきりで、わたしが戦争に行っているるすに、胸を病んでなくなってしまった。〈三七・一一・一五)

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