見づらい

日本陸軍の有名なリンチは海軍とも違い、また同じ陸軍のなかでも部隊によって違い、さらに中隊のなかでもまた分隊によって違いがあった。
軍の上層部ではずいぶん心配してやめさせようとした。その方針で中隊長は精神訓話をする。しかしだめであった。
私的制裁は絶対にするな、と中隊長が訓辞する。するとそのあとで小隊長が、中隊長がいなくなってから、なぐるから私的制裁であり、なぐらないから私的制裁ではないとはいわれない、という。するとまたそのあとから分隊長が、中隊長はなぐってはいけないといったのではない、という。そして夜の点呼になると古兵は新兵に、きょう中隊長はなんといったかと聞く。新兵は「中隊長殿はなぐってもいいといわれました」と答える。そしてあい変わらずなぐられるのである。
夜の点呼でなぐられるのは、いったいなんでなぐられるのか、よくわからない。演習が続いて兵営生活が追いかけられて、しばらくそれがないと「しばらくやらなかった」という理由で調教が行なわれる。なんでも理由になるのである。
そうしたことのなかで新兵が古兵を「見づらくした」あるいは新兵のまぬけな言動のために古兵が「見づらくなった」という理由は、かなりはっきりしていた。
この野郎、きょう、おれを見づらくしやがったという理由には、かなり私憤がまじっているが、なぐられる原因はなぐられながらよくわかった。
見づらい、というのは見ていてつらい思いがするということだが「おれを見づらくした」というのは、新兵のために自分が目をそむけたくなるような目に会わされた、ということだ。
だから新兵の聞の抜けた行動で新兵自身が叱られたのなら別にかまわないのだが、新兵自身は叱られず、その場の指揮者としての古兵が叱られ注意をうけたときには、古兵はおれを児づらくした、といって新兵を調教した。
中隊長などが学課をやって途中でいろいろ質問する。これにもうっかり答えられない。あてられた古兵がトンチンカンな答えをして一笑にふされたあと、新兵が正解して、中隊長が「そのとおり」などといおうものなら「見づらくした」中での最たるもの、ということになる。
しかしこれは人前ではずかしめをうけたくない、という古風な軍人気質に通ずるものなのだろうと思う。こちらがはたで見ていられないような「かたわらいたき」(傍痛き)さまであってくれるなと願い、自分もそうありたくないという願いは、武士の精神に由来す
るものだろう。
当時、無我夢中で送り迎えた軍隊生活のあれこれも、いま振りかえるとなるほどと合点のゆくことが往々あるように思われる。 (三七・一一・三〇)

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