あとがき

文章を書けという注文で、たった三枚ですから、と一言われるのはつらいことだ。題材という点から言えば、三枚でも一つは一つであって、「たった」と見られるのは、なさけない。このごろは、いそがしいのを口実に、大ていことわってしまうのだが、それでもことわりきれないのがたまって、三枚の文章を、日曜日をつぶして、三つも四つも書く時は、ほんとうにつらい思いをする。
本書に朱めた文章は、そういうふうにして脅かされたものの中でも、ややましな、というよりも、自分自身では、愛着のあるものばかりである。
中心になったのは、去年の十一月初旬から十二月の末まで、五十日にわたハて、西日本新聞の夕刊に、一回三枚つづりで連載したものである。五十回全体に通じての題を、と言われて、ちりちり集とつけた。「鹿々集」のつもりでもあり、「散々集」のつもりでもあった。しかし、ものを書くために机に向かえるのは、日曜日だけの生活だから、日曜日ごとに七回ずつ書くことになり、そのために、ちりちりばらばらになりすぎることは避けられた。その五十回分を骨子にして、およそ三部に分けて、編集したのが本書である。

少し、自分が出すぎているようで、てれくさいけれども、現在の職務にいて、書斎を離れている生活の、一つの記念にはなるだろうと思う。来年六月、慶応義塾の常任理事の任務を無事に終えるために、あと一年間は、おそらく、こうした文章を書くこともなく過ぎるだろうと思う。

本書は、慶応義塾の『三田評論』編集者、中村精氏のすすめでまとめる気になった。東宝出版の三ッ木幹人氏の御好意にあまえて、小型の美しい本にしたてていただけたのがうれしい。

 

五月二十五日
著者

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2020年9月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930  

ピックアップ記事

  1. 2014/3/13

    ノミの歌
    満州のハエもひどかった。A型パラチフスが連隊じゅうにまんえんして、われわれは使所のガラス窓に紙をはっ…
  2. 2014/3/13

    大陸の水
    今年、関東は異常な潟水に見舞われた。 夏の前は貯水池の水が文字どおり底をついて東京は断水に苦しめら…
  3. 先月高知ヘ行って、竜河洞に案内された。強烈な洞内の印象にややぼう然として、旅館の二階で少し休んでいた…

ピックアップ記事

  1. 京のある日

    十一月十一二日〈金曜日〉 午後から三千院に行ってみる。 三千院をえらんだのは別に深い意味はない。…
  2. あの頃の銀座

    私は銀座生まれの銀座育ちだから、大正中期から記憶がはじまって、昭和十六年、応召するまでの銀座を知って…
  3. 大陸の水

    今年、関東は異常な潟水に見舞われた。 夏の前は貯水池の水が文字どおり底をついて東京は断水に苦しめら…
  4. まつたけ

    この二、三年、ついぞことしはまつたけがいいという秋を迎えたことがない。ことしもやはりまつたけはだめで…
  5. あとがき

    文章を書けという注文で、たった三枚ですから、と一言われるのはつらいことだ。題材という点から言えば、三…
  6. 心ないしうち

    わたしのような、東京下町の商家の生まれの者は、しわくちゃなお札を商人からおつりとして渡されると、商人…
ページ上部へ戻る